吾妻はや・・・弟橘姫の御姿

日本武尊(ヤマトタケルノミコト)が熊襲征伐に続く東征の帰り道、その道中に亡くした妃・弟橘姫(オトタチバナヒメ)を偲んで「吾妻はや」(吾が妻恋し)と嘆き叫んだ故事がありますが、この叫んだとされる場所が現在の何処に当たるのかについて、古事記によっても日本書紀によっても異なり、またその解釈についても諸説があります。

しかしこの写真を見れば、嬬恋村日本愛妻家協会のHPにある通り、その場所はここ吾妻郡嬬恋村だった!と確信せざるを得ません。きっと日本武尊が浅間山の雪形に、亡き弟橘姫の御姿を見出しお叫びになったのでしょう。

(この故事にちなみ、毎年9月にキャベチューがこの地で開催されています)

弟橘姫の御姿

写真は当ホテルの屋上、パノラマガーデンにて2月下旬に撮影されたものです。(宿泊のお客様よりご提供いただきました)

どうでしょうか?ふくよかなお顔に小さな口、そして長い髪。浅間山の山肌に浮かび上がる高貴なご尊顔、だんだん御姫様に見えてきませんでしょうか。(分りにくい場合はクリックしてみてください)

その後気温が上がる毎に、少しずつ表情を変えつつ本日(4/9)現在も確認ができます。

軽井沢倶楽部 ホテル軽井沢1130は、今後も夢とロマンに満ち溢れた嬬恋村を愛し、日本愛妻家協会を応援いたします。

吾妻はや・・・弟橘姫の御姿 への2件のフィードバック

  1. ピンバック: 森の朗読会 in ルオムの森 | 北軽井沢高原 標高1130mの休日

  2. ピンバック: 朝日を受ける浅間山 | 北軽井沢高原 標高1130mの休日

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